第九章
昭和時代


小村不仁男著



大陸熱勃興の波にのる日本イスラーム運動

日本イスラーム界は、昭和時代に入って急速に伸張する。その直接的間接的要因はいくつかあるとしても、この時期における国策の一環としての大陸政策遂行という時代背景が人きく作用していることは否定できない。



人的方面では、慶応生小の山川寅次郎、有賀文八郎は別格に置くとしても、明治十年代生れの第二期宝グループ山岡光太郎、田中途平、大川周明、内藤智秀、佐久間貞次郎、大村謙太郎らの中先覚と、さらにこれを次ぐ明治二十年代生れの松林亮、三田了一、須田正継ら以下の第三期先輩グループが、この昭和期にはいると年齢的にも四十本前後に達し、まさに脂の乗り切った壮年期を迎え、活発なイスラミック実践活動を開始せんとした。この「三期生」グループたちは前の「二期生」グループたちが主として文筆活動において大いに威力を発揮してたのと対照的に、満・蒙・華大陸にみずから身を挺して諸般の実際活動を推進した点にその特色がある。



この傾向は明治期や大正期には見られない現象で、その後における後進たちに与える影響も少なくなかった。現に聖地メッカ巡礼についてみても、明治期に一名、大正期に一名がやっとという時代に比べ、昭和の第一期間に一挙に十余名の巡礼者が出ている。



また、この昭和期から在日外人ムスリムたちの日本イスラーム界への積極的働きかけが目立ってくる、これは明治大正期には前例がないことである。クルバンガリーがまずその方面の先鞭をつけ、つづくアヤス・イスハキとイマム・ラシッド・イブラヒームの三者である。ちなみに、戦後では昭和三十年代へかけてのパキスタンのアルシャドーをリーダーとするタブリーグ派ムスリム・グループ、さらに昭和五十年代前後頃の(第一次石油ショック以来の)サウジアラビアのドクター・サマライの協力支援という三大ケースにおけるこれがその一番手であることに注目したい。





昭和二年(一九二七)昭和時代開幕

昭和時代は総体的には決して明るい幕開けではなかった。経済界では去る欧米大戦によって病的に肥大した各種産業が、その後遺症として副産があいついだ。また金融界においては銀行の取りつけ騒ぎから金融恐慌が始まり、銀行が休業宣言をして人心を動揺させた。産業界では野川醤油の長期ストライキを始めとする大小ストライキが続出するといった社会情勢全般は不安定な情勢にあった。こうした世相にあっても、この年甲子園球場では第十三回全開中等学校野球大会が行われ、その模様は日本で初めてNHKラジオで全国放送された。また某東上野・浅草間二・六キロの地下鉄が日本では初めて開通したというやや明るい一面も併せもった年でもあったのである。



この年、田中逸平とクルバンガリーの両者がコンビを組んで全国的税模で国内巡教講演行脚を実施した。そして東京へ一日もとった川中が神田の宝亭楼で「回教徒とその生活」というテーマで講演会を開催し、クルバンガリーが小規模ながら私塾程度の「東京回教学校」と称するムスリム養成所を開設してみずからその校長に就任した。



他方、出版部門でも内藤智秀が「回教主問題」を明治聖徳記念学会紀要第二十七号に掲載した。また北京にいた川村狂堂が北京回教研究会より「回教」第一巻第一号をこの年五月十五日発刊した。





昭和三年(一九二八)クルバンガリーの拾頭とその野望

天皇裕仁の即位式すなわち御大典があった。前年よりやや明るいムードが漂ったが、同時にまた軍によるファッシズムの足音が何処からともなく聞え始めていた。内務省令で、「特高」こと特別高等警察機構が各府県庁に新設され、共産党員の全国一斉検挙があって逮捕者一六○○名に達する、世にいう「三・一五事件」勃発の年でもある。また京大の河上肇博士はじめ東大・九大の革新系著名教授が学園から追放されたのもこの昭和三年であった。



さて、日本イスラーム界における動きはどんな状態であったぐあろうか。まずクルバンガリーの積極的なイスラームの宣教活動が活発であった。



彼は大正期に二回訪日旅行をし、故国バシキールと日本との風土と風俗が以外に似ていること、並びに日本民族の敬神思想や民族的団結心の強固さに、共通点を発見してその親近感は一層深化し、この日本こそ世界中で唯一の安住の地であり、第二の故郷であるという信念をもっていた。



クルバンガリーはこの頃から田中途平やロシア通でかつロシア語はロシア人よりも巧みとまでいわれた須田正継、嶋野三郎らと近接するようになり、その誘導と協力によって行動範囲を拡大し、宣教活動を一層強力にかつ意欲的にしていった。もっと端的にいえば、大正中期頃からソ連赤軍や過激派から圧迫されて日本へ逃避してきた反革命派のトルコ・タタール系ムスリムを糾合し、この際自分がそれらの頭首となってリーダー・シップを把握しようという一種の自信と野望に




準備中



書名
著者
出版社
出版年
定価
日本イスラーム史・戦前、戦中歴史の流れの中に活躍した日本人ムスリム達の群像
ISBN: 不明
小村不仁男 東京・日本イスラーム友好連盟 昭和63 3800


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