イスラーム暦

蒲生礼一著

イスラーム社会を特徴づける一つの制度に彼等の暦制があります。イスラーム暦は純粋な太陰暦で、預言者マホメットによるメッカからメディナへのヘジラ（聖遷）を基点とし、西暦六二二年七月十六日を紀元のはじめとするものです。この暦は次頁のように三十日と二十九日からなる月を交互に十二組合せた三百五十四目を一年としはすから、私たちの太陽暦と比較して、十一日ばかり一年が短いわけです。三十年を一期とし、各期の第二、第五、第七、第十、第十三、第十六、第十八、第二十一、第二十四、第二十六、第二十九年の各最終の月を閏月として一日を追加しますから、閏年の一年は約三百五十五日となるわけで、一期三十年間に約十一目が追加きれていくことになるのです。

一月	ムハッラム	三十日		二月	サファル	二十九日
三月	ラビー・ウル・アッワル	三十日		四月	ラビー・ウッ・サーニー	二十九日
五月	ジュマーダ・ル・アッワル	三十日		六月	ジュマーダ・ウッ・サーニー	二十九日
七月	ラジャブ	三十日		八月	シャアバーン	二十九日
九月	ラマザーン	三十日		十月	シャッワール	二十九日
十一月	ズ・ル・カアダ	三十日		十二月	ズ・ル・ヒッジャ	二十九日

イスラーム暦の一日は日没に始まって日没に終る二十四時間から成り、各月は新月の出る日を第一目とします。

まえに述べた通り、太陰暦であるイスラーム暦は太陽暦より十一日ばかり、一年が短いわけですから、季節と月とが一致しないことになります。有名な断食の月である第九月ラマザーンも冬に当ることもあれば夏に当ることも右こります。一年二度の大祭礼である断食明けの開斎節（第十月一日）も、犠牲祭一第七百十日一も季節と関係なく移動するわけです。

一年十二ヵ月のうち第一月、第七月、第十一月、第十二月はとくに神聖な月と考えられています。コラーンには「まこと、（一年の）月の数は、アッラーが天地を創造された日に定め給うたところによって十二あり、そのうち四ヵ月が神聖月じゃ。……」（九章三六節）と述べ、この四ヵ月については一切の戦闘行為を禁止しています。

このほか第一月の始めの十日は預言者の孫ホサインのカルバラーにおける殉教との関係から、シーア派にとっては特別に意味のある月ですが、スンニー派はアーダムとイヴ、天国と地獄、生と死が創造された期間と考えると言います。第八月十五日はジャブ・イ・バラート（記録の夜）と言って、この夜神が人々の一年間に為すべき行為を記録すると言われます。預言者はこの夜信者等に徹宵百回の屈身礼拝を捧げるよう命じたと言います。

さて、イスラーム教徒等ばこ机まで、かれら特有のアラビア太陰暦を使ってきましたが、ヨーロッパのキリスト教徒の勢力が支配的となった今日生活のあらゆる問題を陰暦に基いて行うことは大変不便なわけであります。これはイスラーム教徒等の新聞にイスラーム暦と並べてヨーロッパ暦の日付が使われているのを見れば理解されましよう。イラン人はイスラーム暦の他にジャラーリー暦と言って、春分を一月元日とする太陽暦をもっていますから、アラビア暦、イラン太陽暦、ヨーロッパ暦の三つを対照的に並べて公式暦表を作ってきました。

因みに、イスラーム教徒は金曜日を安息日としています。ユダヤ教は土曜日、キリスト教では日曜日を安息日としていることは皆様も御存じの通りです。

上に述べましたように、イスラーム教徒もキリスト教徒の暦制を無視することのできない昨今ではありますが、宗教的行事だけは、古来のアラビア暦に基いて行われるのです。

最後に西暦一九五八年七月八目はイスラーム暦の一三七八年が始まる目に当ることを一寸つけ加えておきます。

書名	著者	出版社	出版年	定価 円
イスラーム（回教） ISBN: 4004121647	蒲生礼一	岩波新書 C164	1996	本体631

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