イスラムの文化

Mochamad Sonhaji著
イスラム文化は聖クルアーンとスンナーを基盤とする。以下のように聖クルアーンとスンナーにあるイスラムの文化である。


イスラムとは、アラビア語で、平和、従順、純粋、服従などの意味を持ちますが、宗教的には唯一の神「アッラーへの帰依」を表わす。そしてアッラーに帰依した者、すなわちイスラムの信徒を、ムスリムと言う。


イスラムは、西暦7世紀始めのアラビア半島で、最後の預言者ムハンマドによって宗教として確立された。イスラムにおけるアッラーの概念は、多神教での神々の概念と異なり、通俗的に言われる山の神とか海運の神などのような限られた性質のものではない。アッラーは人間とまったく違う。アッラーは仲間を必要とせず、両親も子供もいない。決して死ぬことはなく、とてつもないパワーを持っている。アッラーはこの宇宙を造った。アッラーの存在を理解するための一つの方法はアッラーの造ったこの宇宙について考慮することである。何百年科学者が研究しても宇宙の誕生や生や死などのなぞを解明することはできない。研究者によると、この宇宙はいくつかのガスから造られたものだそうである。仮にその説が正しければいったいどこでそのガスは造られたか、またいま地球にある動物や植物、人間などのすべてがその生きてないガスからどのように造られたかが科学者には分からない。それは人間とアッラーの差を意味する。


アッラーはアラビア語で唯一絶対の神を意味する。彼は創造者。万物の存在の精髄であり、英明。公正にして、慈悲あふれ、宇宙に偏在し、全能全知で森羅万象を決定し、生、死、復活等を司る、絶対的・超越的な存在であるのである。
イスラムの基本的諸概念はクルアーンに示されているが、その内容は単なる信仰の精神的説話に止まるのではなく、信者のこの世における生活規範から、共同体の法規にまで及んでいる。聖クルアーンに書かれてある言葉は、すべてアッラーの言葉である。その中の一つの言葉も変えられたり、失われたりしていない。いまの聖クルアーンは、アッラーが預言者ムハンマドに与えられたものと、まったく同じものなのである。聖クルアーンには、アッラーに礼拝するのはどのようにするか、仕えるにはどうすればよいかが書かれてある。私たちが、どうすれば美しい人生をおくることができるのかということを教えている。家庭の中での両親や兄弟姉妹、親戚のひと、友達、近所の人たち、そして知らない人たちに対してもどのようにお付き合えばよいか、どう振る舞うかを教えてくれる。聖クルアーンにあるアッラーのすべての言葉に私たちは従わなければいけない。そして、アッラーはその創造物のうち、人間に自分で判断する力を与えられた。つまりアッラーの教えを守るか守らないかは、私たち人間の意志に任されているのである。そのため、ムスリムであってもアッラーの示された道から外れて悪 行を重ねる人間も現われてくるのである。それはイスラムが悪いのではなく、その人個人が間違いを犯しているということなのである。現世での生活は短く、つかの間のもとで、来世での生活は終りがないと信じている。そして「裁きの日」には生きている者も、死んでいる者もすべて集められアッラーにより、ひとりひとりが現世での行いに基いた裁きを受け、ある者は楽園へ、ある者は地獄へとその行き先が決められるのである。
聖クルアーンでは、イスラムの信仰の基盤と、ムスリムとして守るべき宗教儀礼を規定している。
信仰の基盤とは アッラー、天使、諸啓典、その預言者たち、審判の日、天命を信じている。


次に守るべき『 宗教儀礼またはイスラムの5本柱』は以下の通りである。


1. 信仰の告白。「アッラーのほかに神はなく、ムハンマドはその使徒である」との信仰を表明することである。


2. 礼拝。ムスリムは1日5回礼拝します。礼拝は人間にアッラーと「アッラーの教え」に従うことを思い出させてくれる。それは、人間 を悪から遠ざけ、人間はアッラーのしもべであることを思い起こさせ てくれる。


3. ザカット。イスラムは、富はアッラーから預かったものでり、それを正しく使うように教えている。ムスリムは一年一度序蒲Lする財産から一定の額を支払う。そうすることにより、その財産は正当なものとな り、集められた金銭などは困窮者をはじめ、聖クルアーンで定められ た人達へ分配される。これは社会の中のすべての人の暮らしをより良 くし、幸福にする。自分の富を一人じめして、病気やお腹をすかせた りしている人々を助けるために使わないのは、許さないのである。


「ザカットは貧者、困窮者、これ(施しの事務)を管理する者、および心が(真理に)傾いてきた者のため、また身代金や負債の救済のため、またアッラーの道のため(に率先して努力する者)、また旅人のためのものである。これはアッラーの決定である。これはアッラーは全知にして英明であらわれる。」(聖クルアーン9章60節)


4. 断食。イスラム歴の第9番目の月をラマダーンといい、アッラー定めに従い、ラマダーンの一ヵ月間、ムスリムは修行のために断食をする。日の出から日の入りまでは、食べ物や、飲み物、タバコなどを一切口にせず、夫婦間の性的な接触もできない。断食は大変なことのように見えるが、これをすることにより過去の罪や誤ちが許され、この日の善行は他の月のものより多く報奨があるのである。何よりもアッラーの教えに従っているという充実間が得られるのである。これが断食の 目的であるが、結果として、いろいろな誘惑に打ち勝ち、自分自身の管理ができるようになるだろう。またお金持ちの人でもお腹をすかせた人の経験を味わうのである。


5.巡礼「ハッジ」。マッカーへ参ること。ムスリムは可能な限り、一生に一度はマッカーのカアバー神殿へ礼拝にゆくハッジを行わないといけない。「‥‥この家(カアバー神殿)巡礼は、そこに赴ける人々に課せられたアッラーへの義務である。‥‥」(聖クルアーン3章97節)


スンナーとはにイスラムの預言者ムハンマドの言葉、行為などの豊富な採録集で聖クルアーンに次ぐ信仰よりどころとして受け継がれている。例えば 、ムスリム女性の服装について。



アーイシャ(彼女にアッラーが満足されるように)が伝えるところによると、アブーバカルの娘アスマー(アッラーがこの両親に満足されるように)が薄くつける服を着てアッラーの御使いムハンマド(アッラーの祝福と平安があるように)の前にに来ると、アッラーの御使いは彼女から顔を背けられ、アスマーよ、月経の年齢に達した女性は、ここを除きどの部分も見られてはならない、と言って顔を両手を指し示された。



結論として、聖クルアーンとスンナーにあるすべての教えはイスラムの文化で、ムスリムはそれを守らないといけない。




引用文献

  1. 聖クルアーン、日亜対訳 注解 、日本 イスラム協会
  2. ムスリム女性の服装の在り方、アブビラールムスタファアルカナディ
  3. イスラム子供の本パート2、日本イスラム協会
  4. 断食、イスラム入門シ リーズ no 2、日本イスラム協会
  5. ザカート、イスラム入門シリーズ no 3、日本イスラム協会
  6. 巡礼、イスラム入門シリーズ no 4、日本イスラム協会


島根ムスリム協会のホームページへ戻る
イスラミックセンターパンフレットのページへ戻る
聖クルアーンのページへ戻る
ホームページへ戻る